まるで例の応援団…

2003年9月16日
小学校がウチの目の前(というか鬼門方向)にあるんですが、20日が運動会でいまはその練習を必死にやってるわけですよ。校庭が広いから先生はマイクを使います。こりゃ当たり前ですわね。

何の気なしに通り過ぎようとした次の瞬間、思いもよらぬ言葉が(ガチンコ風)!

児童(予行とはいえ、競技に歓声を上げている。けなげだねぇ)
女先生「ほら赤組! イェーイは禁止したでしょう、言い直し!」
児童「(若干の間があって)ウオー!」
女先生「そうです!喜ぶときはウオーでしたね、白組を威嚇するんですよ!」

おまえら、どこの国の応援団だよ……。
誰か糾してやらんかね……。
スキャナが「ダダダダダダダダ」って変な音を上げるよおおお(泣)! 昨日までおとなしくスキャニングしてくれたのに、なんでいきなり春闘モード(秋闘か? そんなんないでしょ)?!

しかもスキャニングした画像は前衛芸術のようにノビノビ画像になってしまったヨ。あんまりじゃないサ。

フキャナのふたを開けて遠くからスキャニングの様子を眺めてたら、――途中で引っかかってるから「ダダダダダダダ」ってうごめいていたわけだ。

どうすんのさ、これ(ーー;) ……。

箱を買った。

2003年9月12日
無印良品でキャスター付きの箱を買ったんですよ。ネットで事前に調べたんですが、耐えられる重量が約10kgということで私としては「ちょっとたりないかもナァ」なんて思ってたんですが、……いざ買って組み立て説明書を見たら「底面最大荷量25kg」って。

に、2.5倍も違っちゃこまりますがな!

暁を覚えず。

2003年9月10日
眠いんですよ。とにかく眠い。
自分は一体何時間眠ればいいのだろうかと。
良く云うのが、1.5時間の倍数ですよね。
3時間、4.5時間、6時間、7.5時間…。

今日、美容院行ってきたんですけどね。
眠いんですよ。とにかく眠い。
一時間ちょっと座ってることがもう大変。
有線放送の歌詞とか追っかけてたり。

それからすぐリハビリ行って、帰ってきて昼食取ったらバタンキュー(死語)。気づいたら18時だし。14時ごろ寝たはずだから…なんちゅー長い昼寝だか。――起きたら首が痛いし。もう。

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初めてTV「爆笑おすピー問題」を見ましたヨ。やっぱり太田光はおもしろいよ。彼の的確なボケがなんとも気に入ってます。

さ、9時からはトリビアだ。

視点がヘン。

2003年9月5日
【朝書いた日記】
いまズームイン朝で相撲兄弟の密着レポやってたんですがね。兄ちゃんがまたイイヤツで。

さて、椎間板ヘルニアで相撲が出来ない弟くん、家族に気遣われてもやっぱりストレスがたまったんでしょうかね、ささいなことで家族とケンカするわけですよ。

で、そんな弟くんにとうちゃんが一方的にヤイヤイ怒るんですよ。そしたらやっと弟くんが何事か口にしたら、その言葉数なんてね、とうちゃんの罵声の半分もないですよ、それなのにねぇ、

とうちゃん「やかましい!!!」

親のオレに刃向かったら頭からつぶす。それ最低。
こんな父親はいやだねぇ。不満を聞いてやってサ、それから辛抱強く励まして諭すことができるのも人生経験つんだ親の特権ってもんだぜ。とうちゃんよ。
相撲できなくてフラストレーションたまってるんだからさ、言いたいことぐらい言わせてやってもいいじゃない?
それなのに弟くんはガミガミとうちゃんにツッパリの一つも与えなかった。良く耐えたよ。うん。それどころか「家族や周りに迷惑かけた」とか弟くんゆっちゃってさ。え?

とうちゃんよ、もうちょっと息子見習えや。
あんたの「アホな怒鳴り声」&「肝心なとこだけ親面」でレポ興ざめ。
涙も出ねぇや。ったく。

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【夕方書いた日記】
漫画「ナニワ金融道」の作者・青木雄二先生が亡くなった。肺がん、58歳。コテコテな絵と、えげつないけど目が離せない人間関係に、同作の文庫を買いあつめました。残念です。黙祷。
マンションの同じフロアに中学生の男の子がいるってわかったんですが、その坊やが階段の踊り場で友達となにやら興奮気味でポスターを見てるんですよ。きっとエログラビアか、そうでなければつんくファミリーに違いない、と通り過ぎたら(そのまえに踊り場にたむろするのはよせ)、

モー娘の自衛官募集のポスター。
話題になってるアレ。
さあ、彼らはアイドルマニアか軍事マニアか。
会話をちょっと盗み聞きしたら、

加護がどうとか辻がどうとか次に卒業するのは誰だとか、――というよりは、
>中卒でも入れるんだからそんなに訓練は厳しくないだろう
>命がけだから給料はいいだろう
>入隊したらイラクへ行かなければいけないのか
>退官したら公安にマークされるのは本当か
>モー娘の慰問みたいなのはあるのか(そこは刑務所か)
>航空自衛隊でも銃は撃てるのか
>それよりモー娘専属の自衛隊になりたい
>コンサート会場へはヘリ輸送してやるのだ

……鼻息荒い会話を繰り広げておりました。
一番印象的だったのは、

「入隊しても徴兵されても加護ちゃんには会えないんだよな」

あッたりまえだ! たわけが!

命がけのお仕事にアイドルグラビアは勘弁ネ。

もう9月かね……

2003年9月1日
今日は朝飯も食わずに土浦のPCスクール行って、授業の予約を取ってきた。ついでにふらふらと買い物をし、Illustratorの練習帳のような本を買った。

「ベジェ曲線を思いどおりに描けますか?」
という謳い文句に対し、
「うおおお! 本が呼んでるぜ!」
と直感で買ってしまった始末。ベジェは最大の敵。

漫画の「HEAVEN?」も買った。最終刊だったのか……なんとも寂しい。ドラマになったらオーナー役は松雪泰子でどうだろう。山縣さん役は伊東四朗でどうだろう。だめかな。

それから地元に帰ってリハビリやって、帰宅。その間、食事を一切していない。もう午後もいい時間だった。ひぃ。

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エレクトーンの譜面に「ズームイン!朝!」のテーマ曲が収録されているのがあった。弾きたかったけど……しゃれにならんな、ああいうのは(笑)。弾きたい曲は多々あれど、発表会向きの曲はなかなか見つからない……それなりに映えて3,4分かかる曲がない! なんでだ!

おりょ。

2003年8月30日
昼過ぎ。

消防無線から覚えのある住所が聞こえた。教習所付近で交通事故があったらしい。

教習所は教習車両のほかに、送迎バスも出入りするし、隣は中学校、目の前は路線バスの停留所、ついでに国道だから厄介もんだらけ。

でも時間帯からして、教習車は場内に全車納まってるから、教習車がらみの事故ではないはずだ。

まったく、交通事故は怖いねぇ。

ぐったし。

2003年8月29日
起動ディスクとかエマージェンシーディスクとか、なんちゅーんですか、そういうのはきちんと作っておくべきでしたね。

マシン治りましたよ。はあ。

これか重要データの一部をCDRに退避させます…CDRはなくてCDRWの方がいいんだけどなァ。

チェキってば!

2003年8月27日
うまく撮れないにょー!
光の加減がむずかしいったら!
構図もあわせづらいし。

しゃあないか。
フィルム代はしばらく高くつくなぁ。

浪費癖が!

2003年8月26日
衝動買いをしてしまった……チェキ(インスタントカメラ)を買ってしまったよ……。フィルム高いなぁ。どうすんだコレ。

病院へ行った。とりあえず虫刺されの所は腫れも引いたようなのでそのまま症状が悪化しなければヨシということになった。……にしては、なんか、肩凝るんだよなぁ。ちょっと痒いしなあ。ハハ。

なきっつらに?

2003年8月25日
チリリン、とチャリンコを走らせとるのですよ。
毎日毎日せっせとリハビリに励むのですよ。
病院の近くは坂が多くていけねぇや。ひぃ。

チクリ。
「!」

左肩!
なんてこった、刺されてもうたがな――!!!
もうすでに腫れ始めている! ひー!

つまりさ。
なんでリハビリに行こうとしてそのまま外科に駆け込まなきゃならんのだっつーことよ。えぇ?!

どんな虫に刺されたのか分からないので、とりあえずステロイド剤なぞ塗られて消毒してガーゼのようなものをべったしと貼られました。

しばらくはリハビリと平行して消毒のために通院せにゃなりません。なんでや……。ううっ。

……。

2003年8月24日
馬鹿にされた場合、どのように行動すれば相手が自発的に謝罪するでしょうか。

うへへへへ

2003年8月23日
トリビアの泉に応募してしまった。けど知ってる人はそれはもう当たり前のように知ってるネタ。「コジュン」で応募した(と思う)ので、チェキラ(死語)!

*---------------*
今日リハビリに行ったら、担当の療法士に「昨日はごめんなさいね〜」と言われてしもた。なにやら、「せっかく買ってきてくれたのに何でもらわなかったのー」なことを周りに云われたそうだ。あらら。

…で、やっぱりあげることは出来ないのよね。
しゃあないか。

*----------------*
今日は柏でお買い物。
靴を二足買ってもらいました。
メーカー修理かと思っていた時計が治りました。
わーい。
事前に話してあったんで、ディズニーシーのみやげ物をちょろりと持ちまして、リハビリに行ったのですよ。で、渡そうとしたら、…予想を裏切らず断られました。

いえね、何が予想なんだっていうと、理学療法室に張り紙があるんですよ。「贈り物の類はご遠慮くだされ」っていう内容の。だからアカンのかなあって、思っちゃいたんですがね。なんつーかJapaneseの習性ってやつですわね。

今、なんだかしょんぼりですわ。

なんちゅーか、こう分かってるくせに失敗した自分に無性に腹が立ちますな&あきれますな。半年近く通ってるんだから理解しとくれなそれぐらい、とか思われたらいやですわ……。

土産ぐらいならええやろ、まえにも「庭にいっぱいなったんでな」って、果物あげてたおばちゃんいたし、母親の担当医はみやげ物渡したらあっさり受け取ったし。お菓子土産なら換金率低いしいいよな、って。

詰めが甘いと云うか、分かってるくせにバカっちゅーか。

はあーぁ。
己のアホさに呆れる間も惜しいぜ。

行ったんですよ。

2003年8月21日
宮崎の納骨、じゃなくて、東京ディズニーシー。
バイトの同僚の運転する車でレッツらゴウ。
詳細は次の機会に。

ただ、コレだけは云っておきたい。
私はシーよりランドのほうが性分にあってる。
でもショーの見ごたえはバッチリさ!

ふへー。

2003年8月19日
あの九州の家から電報が来ましたよ。
参列してくれてありがとうという旨でした。

不思議な一泊であったものだ……。

*---------------*
ところで、梅雨明け宣言が撤回の恐れって…、

ふってわいた……

2003年8月17日
土、日、と宮崎に行ってきました。
羽田からぶいーんとヒコウキで。
ホントは土曜日は予定があったんですが、いきなり木曜の夜に身内から連絡が来ましてですね、そんなんいきなり言われても……後日じゃあかんのかね? って抗戦したんですがさすがにダメでした。

帰りの飛行機代と宿泊費は出してくださいましたが。

で、何しにいったかと云うと、

しらないひとのお通夜。
正確には、遠縁のご婦人のお通夜。

です。
まあ奇妙な話、聞いてくださいな。

*-------------*
 ウチの身内がですね、私の成人式の写真をその亡くなったご婦人に送ってたそうなんですよ(送れる身内なんてタカが知れてますが)。で、しきりに私に会いたがっていたそうで。なんでかは……結局聞きませんでした。聞きづらくて。

 それが今回のご縁です。
 そういう方がいるとはついぞしりませんで。

 で、まあ決まったら早速チケットを奪取しに行かねばなりません。いろいろ手をつくして取りました。身内総出&親父の会社の同僚とか。尽くしたんです。ほんッとに尽くしたんです!! 宮崎でも通夜の準備と平行して、私の帰りのチケットの入手に奔走していたそうです。みなさんご尽力ありがとうごじゃいました(涙←この涙にゃいろんなツッコミが混じってるのよ)。

 それから金曜日。チケットが揃ったのを確認して、コミケ方面の友人に"いかれなくなりました買い物よろしく"とメールを打ち、荷造り。

 因みに今回の渡航者は(宮崎は国内だ)、

 私一人です。

 ちょっと! なんで! 両親は? 祖母は?
 ま、ご遺族の希望ですから。
 ええ、行きますとも。

 金曜の夜は遅くまでマナー本をひとしきり読みました。聞かなかったけど……仏式だよな。うん。

*------------------*
 土曜日。黒スーツで羽田入り。
訳分からんまま手続きを済ませ搭乗、離陸。
機内? さあ…真中の席だったし、冠婚葬祭マナーとこの後の交通手段でアタマが絡まっちゃって……。

 で、宮崎空港到着。
 多分なんかフツーの綺麗な空港だったと思います…大体覚えてるはずなんだけど、ほんといっぱいいっぱいで売店がどうとか、名物がどうとかいう心境じゃありませんでした。冷静になりきれないと云うか。
 タクシーでホテルに直行、荷物をといて昼食を済ませ、ご遺族に到着報告。

 正直、まだびっくりカメラとか仕込まれてるんじゃないかと思ってました。

 向こうの家から迎えが来ると云うのでロビーで待つ。30分ほどで迎えのist(車種)が来ましたよ。セレブみたいな奥様(=ご婦人の長男の嫁だそうな)が迎えに来まして。ちゃんと私の顔と名前が分かっていたのにはびっくりしました。
 いきなりお呼びだてしてすみませんと涙声にしきりに云うておりました。ここまで来るとほぼ血縁関係ないですから、どうしたらいいもんかともごもごしてしまいましたよ。

 ――2時過ぎ。とうとう到着。別に田舎くさくもない建売り風の一軒家。車を降りると、もう家の塀沿いに人がぞろっと並んでる光景。なんだか降りづらくて勝手口に回してと申し上げとうございましたが、喪主のご主人がお出迎え。一通りご挨拶申し上げて、先に家にあげてもらいました。

 そしてご遺族とご挨拶。
 みなさん目元が赤かったです。
 お人柄もよろしかったんでございましょう。
 出てくる世間話に、私の母方の親戚の名前がばんばん出てくるし、私の成人式の写真もまちがいなく持っていたので(そうそうこの三白眼と二重アゴ…)、とりあえず間違った家には来てないことが分かりました。

 私は親族として席をもらい、通夜に参列しました。

 遺影は、上品な老婦人でした。
 死因は心不全。お友達と談笑している最中、倒れられたそうです。
 皆さんの話を聞いてると、「惜しいことだ」「残念なことだ」「早すぎるなぁ」と惜しむ声が多く、ご婦人はよい人であったのだなとしんみりいたしました。

 その後の宴会(っていうんですか?)にも顔を出し(ここでも親戚の名前がどかどかでてきました)、お先においとましました。お土産までいただいて。

 呼んで下されば馳せ参じましたものをなぁ。

――と、玄関先で挨拶してると一台タクシーが到着。これが私の送迎ですなとおもえば、降りてきた人間が……、

 近くに住む大叔母だったからびっくりよアンタ!

「ななな、なんで今ごろー!」
「それが夜のチケットしか取れなかったのよ〜」
 大叔母は葬儀に出席するようです。

 入れ違いに私はホテルに帰りました。
 
 ホテルでぐでーんのたーん、としていると、携帯メールがたまってたので一軒ずつ処理を……、

「(頼んだ買い物の)結果報告」
「(里帰り先の)瑞鳳殿にて」
「(買い物について)質問でーす♪」
「収穫ぐっぽしデス」
「(同人誌の)料金のお知らせ」
「京極新刊やっと読んだにょ〜」
「駆け落ちだね?」

 一気にへたれな現実に引き込まれましたとさ!

*----------------------*
 翌日。のたのたと朝食。荷物の整理をして、宅急便の手配をして、電話でご遺族にご挨拶、のたのたとホテルを出発。空港で昼食を済ませて、羽田に無事帰り着きました……。

そしてのたくたと自宅に帰り着くや、
家族が納骨後に九州へ行くと発覚。

……さん、はい、

なんじゃそりゃああああああああっ!!!!!!!

*---------------*
ウチの家族に聞いたんですが、なんでご婦人が私に会いたがっていたかと云うと、19歳でバイト中に亡くなったお孫さん(セレブ奥様の娘さん!)が私とトントンぐらいだったからだという話。

家族で通夜に参列したくともこの時期チケットが取れないから一人でも、となったときに呼ばれたのがご婦人が会いたがっていた私であったというわけです。

…事実は小説より奇なりとはよく言ったもんですが。いやはや。そんなご婦人がいるという話を一度も聞いたことないから……なんとも実感が湧きませんで。
 
 
 
……納骨後も行くのかしら、あたし。

ひんぎゃああああ

2003年8月15日
家の都合で明日の有明行きがダメになってしまいました……うおおおおおイベント行きだして何年目だ?! 徹底抗戦もむなしく…。一泊なので、いまから荷造りです。

うわあああああん!
あんな雨の中でかけるのいやー!
(有明ならいいのか…)
いえね、飲み会いったんですよ。
本当は行きたくなかったんですよ。
遅刻ばかりなのに飲み会行くのも気が引けるし。
コミュニケーションとかいうの苦手だし。
社交辞令とかジョークとか苦手でホント。
喰えないものに金払うのイヤだし。
……でもまあ誘われたので行って参りました。

盛り上がり方は尋常じゃなかったけど、皆さん楽しんでおられたようで。私の直属の上司なんか、派遣のオンナノコはべらせて向こう岸にいっちゃってました。男性社員はガソリン入りすぎて殆どの人が向こう岸状態でした。
・同じことをしゃべる人。
・ひたすらオンナノコを誉める人。
・声がでかくなって、
・態度もでかくなる。
――説教魔と泣き上戸がいなくて幸いです(笑)。

しかも二次会はどういうわけか強制参加……させられそうになったのをかわして帰ってまいりました。カラオケは嫌いじゃ。つかれました。

一応今日でアガリだけど、数日のうちに呼ばれそうな気がする……リハビリさせてぇな。

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